佐藤正栄堂 「時計/宝石物語」シリーズ Number 53
(2004年6月掲載)


〜 時の記念日にちなんで 〜

毎年6月になると商売柄、10日の『時の記念日』が気になります。

そこで今回は「時」にちなんだ雑学をQ&A形式にして
取り上げてみましょう

<Q1>「時の記念日」はどうして6月10日なの?

<A1>それは天智天皇が初めて漏刻で時を知らせた日だからです。


日本書紀によれば、天智10年(671年)の
「夏四月の丁卯の朔辛卯の日( 旧暦の4月25日)」に
日本で漏刻(水時計)により時を計り、初めて人々に
時を知らせたとされています。

この日が太陽暦で6月10日にあたります。

1920年5月から7月の期間に「時の展覧会」が
教育博物館で開かれ盛況でしたが、
この開催期間中に東京天文台及び生活改善同盟の
幹部らの相談がまとまり、
天智天皇の漏刻を使って日本で最初に
時報が知らされたことから
時の記念日が制定されました。


<Q2>日本標準時ってどこから出されているの?

<A2>現在、日本標準時は国内の2箇所から標準電波で報時されています

。 日本標準時の標準電波報時は、独立行政法人通信総合研究所
(旧郵政省)の管理により、福島県都路村(みやこじむら)と
川内村(かわうちむら)の境にある大鷹鳥谷山(おおたかどややま)の
長波帯標準電波施設(40kHz、呼出符号JJY)からと
福岡県と佐賀県の県境の羽金山(はがねやま)山頂の
長波帯標準電波施設(60kHz、呼出符号JJY)から
それぞれ標準電波が発信されています。

最近、時間調整不要が謳い文句の電波時計は
この電波を受信して標準時に自動調整する仕組みになっています。

<Q3>お昼の12時は、本当は何時なの?
お昼の12時は、午前に入るの?それとも午後なの?

<A3>「午前12時」または「午後0時」が正解です。

午前と午後の呼び方については、明治5年11月9日の
太政官布告第337号(改暦の布告)に、下記のように記されています。

時刻ノ儀、是迄昼夜長短ニ随ヒ十二時ニ相分チ候処、
今後改テ時辰儀時刻昼夜平分二十四時ニ定メ、
子刻ヨリ午刻迄ヲ十二時ニ分チ午前幾時ト称シ、
午刻ヨリ子刻迄ヲ十二時ニ分チ午後幾時ト称候事

上記の布告により、午前は0時より12時まで、
そして午後は0時から12時までとなります。

午前、午後を標記する場合、夜中の12時30分なら午前0時30分、
お昼の12時30分の時は午後0時30分と書けば問題ないでしょう。


<Q4>時計の針はどうして右回りなの?

<A4>日時計の影の動きを模しているからです。

時計のなかで、最も古いものは太陽光によって作られる
影の動きで時刻を知る日時計でした。
日時計は、古代エジプトや古代バビロニアで使用されていたようです。
紀元前700年ごろのバビロニアで、天文学者が日時計を
作ったという記録や、日時計が使われていたという記録が
残っています。

最初は木や石で出来た棒を垂直に地面に立て、
その影を観測するという原始的なものでしたが、
日の出から日没までを等分に目盛ったものなども現れ、
少しずつ工夫され進歩しながら、世界各地へと広がっていきました。

北半球にある地域では、地面に棒を立てて影の動きを追ってゆくと、
その影は、右回り、つまり今の時計回りに動いていきます。

この日時計をもとに、アナログ時計の文字盤の文字配列が
作られていったため、その後の時計は、右回りが
受け継がれていったと言われています。


しかし、南半球にある地域では、同じ日時計を使って
影の動きを観測すると、北半球とは反対の左回りとなるのでは?
という疑問をお持ちになる方もいるでしょう。

これについては、時計が発明された当時、
地球上にあった文明の多くが北半球に集中していたため、
右回りが採用されるようになったと考えられています。



皆さんもこの機会に、ご家庭の時計が示す時刻を
お確かめになってはいかがでしょう?